日曜の朝に、わざわざ統計のトリックを考える。

今日は、日曜日です。
朝、ゆっくりコーヒーを飲みながら、クルミパンやら、クロワッサンやら、ヨーグルト甘酒ドリンクやらいただきながら、
穏やかな時間を過ごしていました。

妻も一緒に穏やかな時間を過ごしていたのですが、
私が、確率のクイズを出して、その答えを言ったとたん、
妻は、「その答えには納得できない!」と言い始め、
なぜそうなるのか、説明したり、その説明に質問されたりして、
結局激論になり、おだやかな時間は、どこかに飛んで行ってしまいました。

その問題とは、つぎのようなものです。

「カードゲームの始まりです。
ここに、赤・青・白の3枚のカードがあります。3枚とも伏せてあり、何が書いてあるのかはわかりません。
で、3枚のうちの1枚だけに、『◎』と書いてあります。
1枚だけ引いていい権利を得ました。運よく『◎』と書いてあるカードを引き当てることができたら、
100万円もらえます。でも、はずれたら何ももらえません。

私は、白のカードを引きました。まだ、中身は見ていません。
この段階で、ゲームのホストがこう言いました。(ゲームのホストは、何色のカードに『◎』か書いてあるかは知っています。)
『あなたは、白のカードを選びましたね。残りは赤と青のカードです。
今日は、特別の日なので、あなたが選んだ白のカードに何が書いてあるかを見る前に、特別に残った2枚のうちの1枚をめくってあげましょう』と。

ホストは、おもむろに青のカードをめくってくれました。そこには、何も書いてありません。外れカードでした。
次に、ホストはこう言いました
『今日は、特別な日なので、あなたにカードを選びなおす権利をあげましょう!
カードを選びなおしますか?それともこのままでいいですか?』と。

ここで、復習です。
あなたは現在、白のカードを持っています。
赤と青のカードが残っていましたが、青のカードは、はずれカードであることがわかっていて、のこりは赤のカードだけです。

赤のカードを選びなおしたほうがいいか、白のカードのままでいくか。
さあ、どちらが確率的には有利になるでしょう。

答えからいうと、選びなおしたほうが、確率的には有利になるのです。
「なんで有利になるの?選びなおすわけだから、赤か白かの2分の1の確立だから、変わらないじゃないの!」
これが妻の言い分です。

では、なぜ選びなおしたほうが有利になるか、順を追って説明していきましょう。

赤・青・白3枚のうち、あなたは白を選びました。『◎』の確率は3分の1です。
全体は3分の3ですので、残りは3分の2ですね。

ここで、ホストが意図的に青のカードをめくってくれました。ということは、あなたが持っている白のカードは3分の1のままなのですが、残った赤のカードが当たる確率は3分の2ですね。

つまり、この場合は、選びなおしたほうが当たる確率は高くなる、ということなのですね。

妻は、この説明に対しても、「納得できない」と言っています。
「納得できない」「わけがわからない」という感想をお持ちの方々が非常に多くいる、とネットでも話題になっているようです。

なかなか納得がいかない、と思われる方は
「スロー アンド ファスト」や、「不合理な地球人」という行動経済学の本を読んでみてください。
きっと、新しい発見がいっぱいあるはずです。

このクイズは、「行動経済学」という分野で、よく使われるものです。
行動経済学とは、従来の古典的な経済学に対して疑問を呈する形で生まれたそうです。

従来の経済学では、そこに登場する「人間」は、完全に合理的な判断ができる、という前提でくみ上げられています。
ところが、完全に合理的な判断ができる人間というものが存在するのでしょうか?

このような疑問から、認知心理学の知見と経済学を融合させたような形で発展してると言われています。
人は、いかに「非合理的」なバイアスに影響されているか?
例えば、TVのコマーシャル。これも、認知心理学の理論をふんだんにつかって、あたかも「自分で選んだ」と思っているようですが、その裏には、私たち人間が陥りやすい「バイアス」の力に働きかけていることが多いそうです。

今後、AIやデータというものが非常に重要な時代になるといわれています。
AIは、ある意味、統計的処理を超高度に・複雑に処理する機械です。
その背後には、数学的な「超合理性」というものが横たわっています。

でも、それを扱う私たち人間は、「完全に合理的な判断」ができる存在ではありません。
もしかしたら、AIに食べさせるデータを集める際にバイアスがかかるかもしれません。
AIが出した結果に対し、「バイアス」がかかった目で解釈するかもしれません。

そのような意味で、AIが進化していく過程のなかで、それを扱う「人間」のこともより深く理解する必要があるような気がしてなりません。

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