大金が必要な技術が、僕の手の中に

alexaのskill開発の学習を、独学でしています。
alexaは、声で反応・応答してくれるデバイスですが、そのバックグラウンドで働いている仕組みは、それはそれは、すごいものが動いているのですね、

ウェイクワードという言葉をalexaに伝えます。「アレクサ!」って。
すると、それまでは、いろんな音を聞いているのですが、ウェイクワードで、プログラムを動かすぞ、という合図になるのです。

例えば、「今日の天気は?」と聞くと、
まず、音声をテキストつまり書き言葉に変換します。これを動かしているのは人工知能。
次に、テキスト化した文章から、何がキーワードか?という事を抽出します、これもまた、人工知能。
キーワードがわかれば、アレクサのプログラムが理解できるデータ形式に変換して、プログラムに渡します。
データとして送られてきた言葉を、プログラムのなかで、適切な処理ができる、プログラムの中にある小さなプログラムに振り分けてくれるのです。

その後は、設定されたプログラムに基づいて、インターネットから、天気の情報を取得してきます。この技術は、今話題になっているwebAPIという通行手形みないな情報のやりとりで手に入れるのです。

手に入れた情報をもとに、返答するべき内容をテキストとして生成します。
生成したテキストを今度は音声に変換して、アレクサが話してくれる。

まぁ、おおざっぱにいうとこんな流れで動いています。

で、私が使っているalexaを動かしているバックグラウンドの仕組みは、アメリカの西海岸あるようです。

アメリカにあるセンターとのやりとりを含め、上の手順を、ほんの1~数秒でこなしてしまうんですね。

しかも、私が使っているよ、としっかり認識するシステム、人工知能とプログラムをつなぐシステム、準備や管理が不要なプログラムコードを管理するシステム、場合によってはデータベースを使いますので、データベースシステム、そして、それらが円滑に動くように構築するシステム等々が動いているそうです。

これらのシステムを、自分で構築しようと思ったら、とてもとても、個人や中小企業では歯が立たないほどの費用がかかります。ほんの10年ほど前は、大企業しか手が出せない領域だったのです。

それが、個人で使うのであれば、ほぼ無料、仮に費用がかかったとしても、ぼくの少ないお小遣いでどうにかなりそうな額なのです。

これは、何を意味しているか?というと、大企業しかできない、と思い込んでいたパフォーマンスがいまでは、個人レベルでもできないことはない、ということです。
その大企業は、便利な世の中になるために、大きな貢献をしてくれてきたとも思います。
そのおかげで、私たちが生活している現代は便利さであふれています。私が物心がついた頃、米はかまどで炊いていましたし、風呂は石炭で沸かしていました。洗濯機もあったのですが、2槽式の前の世代で洗濯槽の横にローラーがついていて、手動でローラーを動かして洗濯物をしぼっていました。
「もう、これ以上便利にならなくてもいいよ!」と強く主張する人も多くいます。

便利さを追求するのではなく、「意味」しかも使う人にとっての価値ある「意味」
そのような発想の転換が必要なのかもしれません。
スマートホームで便利になりはしましたが、かまどから炊飯器、石炭風呂からガス風呂というような生活の質をガラッとかえるようなインパクトは、スマートホームからは感じられないのは、わたしだけでしょうか?

いま、大企業しか扱えなかったような技術が、まさに私の手の中に入っているのです。
そのような技術、もっとくだけた言い方をすれば「道具」を、どのように使いこなすのか?
これが、技術を手に入れた個人が見つけなければならない問いなのではないかなぁ、と思いつつ、簡単なalexaskillを作り上げることに四苦八苦している今日この頃です。

合理的な交換価値と非合理なケアリング

alexaのスキル開発の学習をしていました。
スキルを利用する利用者が、開発者が想定している内容通りに応えてくれない場合を想定して、プログラムを組上げる方法を学んでいました。

そこまで、親切に組上げないといけないものなのか!と驚きつつも、やはり使いやすく、スーッと進んでいくようなプログラムが望ましいのだろうな、とも思いました。

で、不十分な組上げと親切な組上げ。比較した時に、売れるか売れないかは、まぁ、別に置いといて、親切な組み上げは料金に含まれるものだろうか?との素朴な疑問がわき上がりました。

商品などの価値は、経済学の考え方に沿えば、貨幣と交換することで生まれるものだそうです。
つまり、その商品の価値は、貨幣で表現する事が出来るのです。

では、利用者に親切な組み上げというのは、交換価値のどのあたりに位置するものなのでしょうか?
例えば、コンビニで商品を買うときに、とてもお客さんの対応がいい店員さんと、もう少し愛想があってもいいんじゃないの?と思うような店員さんがいます。
笑顔で気持ちよく対応してくれる店員さんに当たれば、こちらも気分が良くなる!
でも、それぞれの店員さんから同じものを購入しても、値段は変わらないのです。
対応が気持ちよかろうと、不満であろうと経済学でいう「交換価値」は変わらないのですよね。

あるいは、非常に接客のスキルの高いブランド店で商品を買うのと、ネットで買うのとでは、在庫管理や人件費などの、会計簿に表される費用のいくらかはネットの方が安いのでしょうが、満足する接客分がそのまま割り引かれることはありませんし、いい接客なのか、そうでない接客なのかはそもそも会計簿には表されないものなのです。
気持ちいい接客を受けて購入したブランド品と、それと全く同じものをネットで購入したとして、両方を質屋に持って行けば、接客の評価は全く成されずに同じ値段で取引されるでしょう。

先日「ブルシットジョブ」という本を読んだのですが、交換価値では表現できないものとして、「ケアリング」というものがあるそうです。
このケアリングというのは、交換価値の尺度では表現できない別の価値なのだと。
例えば、子育て、家事、老親の世話など、世の中には交換価値として評価されない仕事が数多くあるのも事実でしょう。これらは、交換価値として評価されないために無価値かといえば、そうではありません。
迷子の子どもがいて親切に道を教えてあげたり、重そうな荷物を持っているおばあちゃんの荷物を持ってあげたり、電車やバスで妊婦さんや体が不自由な人に席を譲ってあげたりすることは、価値のない行動では全くありません。

つまり、経済学が想定する自己の利益の効用を最大限にする、合理的な人「エコン」が満足する価値以外の部分の価値で、私たちが満足することのいかに多いこと。
エコンであれば、接客が良かろうと悪かろうと、同じ交換価値で取引できれば十分満足な訳です。

さて、alexaの話に戻りましょう。alexaの本来のアルゴリズムは、超合理的です。なぜか?コンピュータという超合理的なものが理解できる表現で指示を与えなければならないので、超合理的にならざるを得ない。
alexaには、人工知能の技術もふんだんに使われています。人工知能は「最小二乗法」のお化けのようなものです。数学的な理論がベースになっているアルゴリズムです。数学も超合理的な人工言語ですから、超合理的にならざるを得ません。

経済学が想定している超合理的な人「エコン」であれば、コンピュータや人工知能、あるいは数学だけの超合理的な世界で満足するかもしれません。
しかし、私は、そしてalexaを利用する人も「エコン」ではなく、人間なのです。
家事や子育て、親切な振る舞いや思いやりなど、合理的な交換価値以外の価値に触れなければ満足できない生き物なのでしょう。

そういえば、海外の旅行者から高い評価を受けている「おもてなし」文化も、貨幣的交換価値ではなく、実はケアリング価値なのだと理解すると僕はすんなりと腑に落ちます。
人を思いやる、人の満足を大切にする、という非経済学的価値こそが、合理的な価値以外の価値(人の役にたっている、人の助けになっているというケアリングの価値)につながる、人間らしい価値なのかもしれない。

そう考えると、超合理的なマシーンである「alexa」を扱えうときには、いかに「ケアリング」の要素を組み込むかが、ひいてはエコンではない人間が利用するときに、より満足感が高まるのだろうと思います。
合理的な交換価値以外の「ケアリング」としての価値。もしかしたら、人工知能やら、ロボットやら、合理的な言語で組み立てられている技術と共存するためにも、「ケアリング」という合理性では測ることができない価値がますます重要になってくるのではないか?と思います。逆に、ケアリングのような合理的ではない価値を軽んじてしまうと、それはそれは殺伐としたとても住みにくい世の中になってしまうのでしょう。

ということで、alexaを使う利用者がより使いやすいskill目指して、頑張るぞ~

応用ができない!!

応用は難しい。

Alexaのskillを自分で作れるように、チュートリアルを見たり、Javascriptn文法の勉強をしたりしていますが、
skillユーザーとのやりとりの中で、忘れてはならない項目(例えば、名前を聞いたらそれを忘れず、アクセスのたびに思い出したり(僕が思い出すのではありません。Alexa君が思い出すのです))、記憶を再利用したりすることを実装したいと考えています。

そのためには、AWSの非リレーショナルデータベースであるDYNAMO DBにデータを保存したり、呼び出したりする作業が必要になります。
チュートリアルでは、「めんどくさいけど、そんなに難しくはないよね」なんて、かるーく言っていますが、いざ、自分好みのコードにしようとした途端、Alexaは動いてくれなくなっちゃいます。

やはり、ある場面だけを切り取って理解するだけでは、応用は出来ないのですね。
系統だって、今、まさに必要ではないかもしれない事も含めて、積み上げていくしか方法はないのでしょう。

Alexaを使って実現したい事があるのですが、それがとりあえずの最終目標とするならば、Alexaとデータベースをつないで、Alexaに記憶能力を実装するのが中目標になりそうです。
そのためにも、Javascript(Node-js)の基本文法、データベース及びびその周辺の技術の理解と実装力が必要なのですね。

一足飛びに中目標を通過することは出来そうにありませんので、やはり、牛歩よろしく、こつこつとこつこつと積み上げなければならないのでしょう。
なんとなくコンピューター言語を勉強していたときには見つけられなかった具体的な中目標ができたので、少しは前に進んでいるのかなぁ、と自分を励ましつつ、ノロノロと歩んでいるところです。

「記憶」の中目標を通過したら、今度はAPIをつかって、外部のデバイスとのやりとりを実現させたり、市販のデバイスでは自分が欲しい細かいデータが取れそうもないので、Raspberry Pi 4を使った電子工作をしてみたりしようと思っています。

対話は大切

もう、2年半ほどになると思いますが、私がAIに興味を持ち、どのような仕組みでうごいているのか?何が出来て何が出来ないのか、ということを知りたくて勉強を始めました。

AIについて勉強したことを妻に話していましたが、当時は妻はAIに対して強い拒否感を持っていました。

「人の代わりに考えてくれるような機械は、人間を退化させる。」とか、「人にとって必要もないもの、もっと言えば、悪魔のような機械ををつくりだそうとしている」という主張でした。

その間、飽きもせず、AIにできる事、AIには出来ないことなど、学んだことを説明してきました。
で、先日、妻と話していると(その妻は、小学校で非常勤講師をしていますが)、面白いことを言い始めました。

例えば、児童一人一人の得意・不得意分野や、学習の進み具合で遅れていること、苦手意識を持っていることなどは、機械(AI)の力を借りて、明らかにすることは出来るかもしれない。でもね、遅れを取り戻したり、苦手を克服するためのモチベーションややる気を引き出すのは、人間にしか出来ないことなのじゃないかな?

だから、機械(AI)が得意なことは機械(AI)に任せて、子どもたちの心に寄り添う仕事は人間である先生が担うべきだろう、と。

そうだと思います。論理的な作業に関しては、人はAIにはかなわなくなってきています。アメリカのクイズ番組でアメリカクイズ王がAIに敗れたこと、宇宙の水素原子の数より多いとされている打ち手の数を持っている囲碁でも、人間は歯が立たなくなっています。プライマリーケアでは、その疾患の専門医師ではなく、一般のお医者さんの誤診率は、実はAIに劣っているといわれています。

そのようななか、論理的な解決方法が可能な課題に関しては、実は、AIに任せた方がいいとも言われます。
では、人は何をしたらいいのでしょう?

理系・文系という分け方がありますが、そうではなく、「自然科学分野」と「人文科学分野」という分け方はどうでしょうか?
このような予測をしている研究機関もあります。
AIが発達したら、医師はいらなくなるが、看護師がいらなくなることはない、と。
どういうことかと言うと、根拠・データに基づいた診断では、人間よりAIの方が能力を発揮する事になる。しかしながら、人を直接看病する看護師は、根拠・データだけでは太刀打ちできない人相手の仕事だから。、というのです。

また、インテリジェンスが高いといわれている職業ほど、AIに取って代わられやすいとの予測もあり先ほど出てきた。医師をはじめ弁護士・会計士など合理的な判断をベースにした職業です。
一方、看護師や教師、ソーシャルワーカーなど人を相手にする技術が不可欠な職業は、そうそうAIに取って代わられることはないだろう、というのです。

そこで、妻が話した結論ですが、テクノロジーが進んで言っているので、そちらのリテラシーを高めていく事は当然必要でしょう。でも、それに劣らぬくらい、いや、テクノロジーよりも濃い濃度で人に対する理解や技術の力を高めていくことが、これから先の時代には必要になってくるのでしょう。

あれほど毛嫌いしていたAIに対し、共生していくための必要性まで考えるようになった。
夫婦間といっても、やはり対話は大切なのだなぁ、と思いました。

日常の5心

今日は、記念すべき日です。

何が記念かというと、自分ではじめてオリジナルのalexaのskillをつくりました。

alexa developer consoleを使い、そしてマークアップ言語の1つであるSSML(Speech Synthesis Markup Language(音声合成マークアップ))なるものをつかって、
「日常の5心」を読み上げてくれるskillの原型ができあがりました。

日常の5心を復唱するバージョンと、ただ聞くだけのバージョンの2つを選択できるようにも、設定できました。

我が家では、子どもが小さい時、食事の前にみんなで日常の5心を言った後に、いただきます!」をしていました。
禅宗の修行寺で、「地獄の修行寺」として有名な「梅林寺」というところに座禅体験にいったことがあり、そこに「日常の5心」が書いてあったのをみて、家でもやってみようと思い立ったのが始まりです。

子どもが大きくなり、いつのまにか日常の5心が我が家の食卓からは聞かれなくなりました。
で、alexaに言ってもらって、食事の前の習慣として復活できればいいな、と思っています。

次男坊に、できたskillを聞かせたところ、「ずっと前にやっていたね。」としっかりと覚えていてくれました。

次の目標は、原型をもっとブラッシュアップして、公開skillの第一号に育て上げたいと願っています。

そのためには、まだまだ、克服しなければならないコーディングがあるのですが、一歩一歩、牛の歩みで進んでいきたいと思っています。

不思議な出会いへの感謝と、出会いを粗末にしないように!!

昨日、AlexaのSkill開発のことで、JavascriptのエンジニアさんとZoomでいろいろ話をしました。

AlexaSkillは、JavaScriptだけではなく、PythonやJavaでも動くそうです。
私は、AIの勉強をしているときに、すこしPythonをかじっていたので、Pythonでコーディングできればいいな、とおもっていました。

でも、残念なことに、AlexaSkill開発のチュートリアルは、JavaScriptで作り上げていくものでした。
で、いままでの学んできたことにしがみついていても前には進めない、と覚悟を決め、一旦Pythonから離れ、Javascriptを学ぶことにしました。

すると、どうでしょう!出会いとは不思議なもので、学び始めた直後、Javascriptのエンジニアさんとひょんなことから出会えたのです。
まるで、神様が「お前が、そんなことをはじめたのなら、いい人を紹介してあげよう」とでも言っているような偶然の出会いでした。

介護の業界にいると、そうそうエンジニアさんと出会う機会はありませんし、しかも、Javascript専門というピンポイントの人で、しかも、内容に興味を持ってもらえた人。

そのとき、ダメ元と思いながらも「AlexaSkillをつくって、高齢者の生活の質の向上に貢献したい。そのためには、JavaScriptでのコーディングが必要なので、協力してちょーだい!」とお願いしたところ、「おもしろそー!いいですよ! ただし、スケジュールの都合がついたときに限ってだけど・・・」とお返事をいただきました。

エンジニアさんが言うには、コーディングやプログラミングのことはわかっても、シニアのニーズはわからない。
一方、ケアマネージャーさんは、シニアの生活のことはある程度わかっても、プログラムのことは、全くわからない。

よーし、この2つのグループをつなげる橋渡しをしてみようとおもいました。

それぞれ、違う業界で生活していると、使っている言葉も違うし、言葉の概念も少し違います。
なんで、2つの間で通訳をする必要があります。

そのために、コーディングで何が書いてあるか、エンジニアさんが言う内容が理解できる、程度にはプログラムの事を理解しないと、通訳として話しになりません。

昨日のエンジニアさんとの話でいろいろ刺激を受け、学び始めた事も、挫折せずにつづけていくモチベーションをいただきました。

Javascript,Iot,Alexaコンソールなどを、少しずつ勉強していますが、今日で勉強を初めて11日目。51時間を勉強に費やすことができています。

さぁ~、へこたれないように、続ける事が肝要です。

「人と人をつなぐ」+「人とテクノロジーをつなぐ」時代

前回、継続が大切というブログを記事を書きました。
その後、順調に進んでいます。
毎日、約4時間ほど学習の時間に充てられています。
計画的に勉強を初めて、今日までのトータル学習時間は、約38時間となりました(毎日・毎回、学習時間のログをとっています。結構励みになっています。)

で、今日は、「IoT」、「Alexa developer consoleの使い方」、「Adobe XDを使ったVUI(ボイス ユーザ- インターフェース)のデザイン 」そして「Alexa Skill(Alexaのアプリのようなもの)の作成」などをやっていました。

IoTで、改めて認識できたのは、「5G」の事です。
Gは、ジェネレーションのG。1Gから始まり、今は4Gが主流です。

この1Gから4Gは、人と人をつなぐコミュニケーションの手段なのだそうですが、
5Gは、(人と人をつなぐ)+(人とテクノロジーをつなぐ)手段だそうです。

我が家では、シニアの人たちが生活しやすいような環境作りの実験場となっています。
実験場とは大げさですが、いわゆる「スマートホーム」化していってます。

賃貸マンションなので、すべてを変える訳にはいかないのですが、「照明、エアコン、テレビ、スピーカー」は、Alexaを通して、声で動くようになっていますし、スマホで遠隔操作もできます。
エアコンのスマート化は特に便利で、寒い日・暑い日に外出先からスマホで電源を入れると帰ってきたと、あら、ま~!お部屋の温度が快適!!です。

また、鍵もスマート化して、外出するときいわゆる「キー」は持ち出しません。スマホもしくはアップルウォッチをつかて、キーレスで解錠・施錠ができます。
デイサービスを利用されている一人暮らしのお年寄りなど、鍵の管理をどうするか?と、よく議論になるのですが、そのお宅の鍵をスマート化すれば、スマホなどを持ち歩いていれば、鍵を管理しなくても出入りができます。

人の生活は、技術の変化によって大きく変化してきた歴史があります。

「人と人をつなぐ」だけではなく、「人とテクノロジーをつなぐ」技術の発展により、より快適な生活が送れるようになるかもしれません。

そのような、変化の時代にあって、このようにいろいろ学べることは、ホント、ラッキーな時代に生きているな!と思います。

これから、「継続」がテーマ

先日、シニアのQOL向上のためにテクノロジーを活用したいと考え、アレクサのスキル開発について改めて勉強し直そうと思い、隙間時間や仕事が終わった後の時間を使って、ぼちぼちと続けています。

なにより継続が大切だそうです。

で、いま、何をテーマにやっているかというと
1.Javascriptのコーディングの習得
2.Alexa developer Consoleの使い方の習得
3.Alexa Skill開発の技術習得
4.IoTの基本と仕組みの理解
5.偏狭に陥らないための読書
6.ブログ
です。

すべて、独学で進めて言っています。

隙間時間やボーッとしていた時間などを寄せ集め、一日なんと3時間半から4時間の確保ができています。

現在のトータルの勉強時間は「19時間30分(5日間)」です。

時間の確保とやるべき内容のターゲットが定まったので、これからは「いかに継続するか」がテーマとなります。
継続していくためにも、不定期ですが独学ログを挙げていきたいと思います。