合理的な交換価値と非合理なケアリング

alexaのスキル開発の学習をしていました。
スキルを利用する利用者が、開発者が想定している内容通りに応えてくれない場合を想定して、プログラムを組上げる方法を学んでいました。

そこまで、親切に組上げないといけないものなのか!と驚きつつも、やはり使いやすく、スーッと進んでいくようなプログラムが望ましいのだろうな、とも思いました。

で、不十分な組上げと親切な組上げ。比較した時に、売れるか売れないかは、まぁ、別に置いといて、親切な組み上げは料金に含まれるものだろうか?との素朴な疑問がわき上がりました。

商品などの価値は、経済学の考え方に沿えば、貨幣と交換することで生まれるものだそうです。
つまり、その商品の価値は、貨幣で表現する事が出来るのです。

では、利用者に親切な組み上げというのは、交換価値のどのあたりに位置するものなのでしょうか?
例えば、コンビニで商品を買うときに、とてもお客さんの対応がいい店員さんと、もう少し愛想があってもいいんじゃないの?と思うような店員さんがいます。
笑顔で気持ちよく対応してくれる店員さんに当たれば、こちらも気分が良くなる!
でも、それぞれの店員さんから同じものを購入しても、値段は変わらないのです。
対応が気持ちよかろうと、不満であろうと経済学でいう「交換価値」は変わらないのですよね。

あるいは、非常に接客のスキルの高いブランド店で商品を買うのと、ネットで買うのとでは、在庫管理や人件費などの、会計簿に表される費用のいくらかはネットの方が安いのでしょうが、満足する接客分がそのまま割り引かれることはありませんし、いい接客なのか、そうでない接客なのかはそもそも会計簿には表されないものなのです。
気持ちいい接客を受けて購入したブランド品と、それと全く同じものをネットで購入したとして、両方を質屋に持って行けば、接客の評価は全く成されずに同じ値段で取引されるでしょう。

先日「ブルシットジョブ」という本を読んだのですが、交換価値では表現できないものとして、「ケアリング」というものがあるそうです。
このケアリングというのは、交換価値の尺度では表現できない別の価値なのだと。
例えば、子育て、家事、老親の世話など、世の中には交換価値として評価されない仕事が数多くあるのも事実でしょう。これらは、交換価値として評価されないために無価値かといえば、そうではありません。
迷子の子どもがいて親切に道を教えてあげたり、重そうな荷物を持っているおばあちゃんの荷物を持ってあげたり、電車やバスで妊婦さんや体が不自由な人に席を譲ってあげたりすることは、価値のない行動では全くありません。

つまり、経済学が想定する自己の利益の効用を最大限にする、合理的な人「エコン」が満足する価値以外の部分の価値で、私たちが満足することのいかに多いこと。
エコンであれば、接客が良かろうと悪かろうと、同じ交換価値で取引できれば十分満足な訳です。

さて、alexaの話に戻りましょう。alexaの本来のアルゴリズムは、超合理的です。なぜか?コンピュータという超合理的なものが理解できる表現で指示を与えなければならないので、超合理的にならざるを得ない。
alexaには、人工知能の技術もふんだんに使われています。人工知能は「最小二乗法」のお化けのようなものです。数学的な理論がベースになっているアルゴリズムです。数学も超合理的な人工言語ですから、超合理的にならざるを得ません。

経済学が想定している超合理的な人「エコン」であれば、コンピュータや人工知能、あるいは数学だけの超合理的な世界で満足するかもしれません。
しかし、私は、そしてalexaを利用する人も「エコン」ではなく、人間なのです。
家事や子育て、親切な振る舞いや思いやりなど、合理的な交換価値以外の価値に触れなければ満足できない生き物なのでしょう。

そういえば、海外の旅行者から高い評価を受けている「おもてなし」文化も、貨幣的交換価値ではなく、実はケアリング価値なのだと理解すると僕はすんなりと腑に落ちます。
人を思いやる、人の満足を大切にする、という非経済学的価値こそが、合理的な価値以外の価値(人の役にたっている、人の助けになっているというケアリングの価値)につながる、人間らしい価値なのかもしれない。

そう考えると、超合理的なマシーンである「alexa」を扱えうときには、いかに「ケアリング」の要素を組み込むかが、ひいてはエコンではない人間が利用するときに、より満足感が高まるのだろうと思います。
合理的な交換価値以外の「ケアリング」としての価値。もしかしたら、人工知能やら、ロボットやら、合理的な言語で組み立てられている技術と共存するためにも、「ケアリング」という合理性では測ることができない価値がますます重要になってくるのではないか?と思います。逆に、ケアリングのような合理的ではない価値を軽んじてしまうと、それはそれは殺伐としたとても住みにくい世の中になってしまうのでしょう。

ということで、alexaを使う利用者がより使いやすいskill目指して、頑張るぞ~

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