オリジン

先日、オーディブルで「三国志」を読了(というか「聴了」)しました。
約80時間の超大作。
で、いま、「ギブアンドテイク」を聞いています。
ギバー、マッチャ―、テイカーというカテゴリーで人を分類しているのですが、非常に面白い。
ちなみに、三国志に出てくる諸葛孔明は、ギバーだったのだろう。

で、私も、そろそろいい年になり、いつまで仕事を続けられるかなぁーと考えるようになりました。
いままで、いくつかの試験に挑戦し、学会での研究発表も行い、多くのジャンルの本を読み漁りました。いままで獲得した様々な知識や経験を、皆と共有したいと思い始め、職場の仲間と、仕事に直接・間接的にかかわりのある事柄をギブしようとおもいたちました。

テーマは、ケアマネジメントです。私はケアマネジャーとして仕事をしています。

まず、第一段階としてケアマネジメントのオリジンを理解することが大切だとおもいました。
物事が複雑になってくると、目の前の現象に目を奪われがちですが、「もともとは何の目的で、どのような意味をもってつくりだされたのか?」という原点に返ることは、とても有意義なのです。

ちょっと、仕事の内容になるのですが、「ストレングス(強味)」を大事にすべきだ、とか、「自立を支援すべきだ」とよく言われていますが、何も、ケアマネジャーだけが取り組むお題ではありません。デイサービスやヘルパー、はたまた教育関係者であっても、生活保護の担当者であっても、「強味」と「自立」はとても大事なワードになってきます。

では、われわれケアマネジャーが、どのような目的をもって、それらの題目と向き合えばいいのでしょうか?

そういったことを、ケアマネジメント誕生の歴史からひも解いてみて、私たちの仕事の本質を見つけ出そう、と試みました。

また、別の学問領域からも大きな示唆を受けることがあります。
私が興味を持っているのは「経済学」です。

経済学では、「エコン(経済学がモデルとしている人間)」など現実世界には存在しないという批判も受けて、それを埋め合わせるために、「行動経済学」という分野が発達してきましたが、それはそれとして、物事を単純なモデルとしてわかりやすくする。そのモデルを出発として、現実と乖離しているところを明らかにしていくという姿勢は、非常に有意義だと思っています。

私たちケアマネジャーのオリジンをベースに、単純な、本質をついたモデルは何かと考えたところ、「仲介者(ブローカー)」にたどり着くと思います。

そのあたりから、出発して職場の仲間と仕事に関することを共有していきたいと思っています。

次回は、「ケアマネジメント誕生秘話」をまとめてみたいと思います。

データに関する一般教養は必要?

久しぶりの投稿です。
関東では放送されていないのですが、関西地区では有名な「そこまで言って委員会NP」という番組を見ていました。

みずほ銀行のシステムエラーについての議論がありましたが、銀行関係者の中にシステム構築についての知識・技術を持っている人材がいないことが、根本原因の一つだ、という意見がありました、

実は、介護業界でも、似たような状況があるのです。

先日、エビデンスベースの科学的介護を構築しようということで、各事業所からデータを提出させ、そのデータをビッグデータとして活用しようとする取組です。

データに基づいて介護を分析すること自体は、非常に有用だと思います。

しかし、いくつかの問題があることも確かです。

科学的介護のシステムを「LIFE]というのですが、そのLIFEに関する研修があり、参加しました。
研修の最後に講師に質問をしたのですが、その回答は驚愕ものでした。

まず、ビッグデータといっても、データだけでは何の価値もありません。ビッグデータとマシンパワーとアルゴリズムが一体となり、データの価値が活かされるのです。

しかし、なんということでしょう。
LIFEには、アルゴリズムがないそうです。今は、データを集める時期で、データが集まってその後、アルゴリズムを考えるそうです。
へ〜!どうやって、必要なデータを選択するのでしょうか?明らかにしたい目的があって、データを集めるのが普通の手順でしょうが、目的がはっきりしないままデータだけ集めても・・・

さらに、驚いたことがありました。
LIFEを立ち上げるメンバーの中に、データサイエンティストが一人も入っていないのです。

例えていうならば、家を建てようとして、大工がいない状況で、専門外の人たちが、一生懸命家を建てるための材料を集めて、集め終わった後に、大工を招聘して、「さあ、家を建ててくれ」と言っているようのものでしょう。「この材料では、家は建てられないよ」と言われるのがオチではないでしょうか?

そういえば、アメリカでも同じようなシステムが動いているそうですが、各施設には、データ分析の専門家がいて、送られてくるデータを解析し、フィードバックを行うことになっているそうですが、フィードバックを行う仕組みも出来上がっていないそうです。

つまり、「LIFE」というシステムでは、データを扱うわけですが、データに関する専門家が関わっていない仕組みなのです。
データを扱う以上、データをしっかり扱える専門家が絡んでいないとは、なんということでしょうか?

私が言っていることが、全て正しいと思っているわけではありません。
では、何を考えているか、と言うと、介護という日々の業務では、今のところ、データサイエンスは大きなウェートを占めているとはいえませんが、データを扱うエビデンスを構築しようとしている流れの中で、データのことに無頓着でいていいはずはありません。

銀行業務で、システムの知識がないまま、ベンダーに丸投げして何が行われているかわからない状況下でのシステム障害ではなかったのではないでしょうか?

データや、それを活用する仕組みなどを、私たち国民が、しっかりと評価できる最低限の教養は必要なのではないでしょうか?
ましてや、AIやIOTなどデータ革命が進んでいるこんにち、データに対して無頓着であることは、非常に危険なことではないでしょうか?

そのような問題意識を餅初めまして、少しでもデータの理解を深めようと、我が職場で、データを活用したシステムを作ってみようと、日々コツコツとコーディングしている今日この頃です。

そのうち そのうち

我が家は、私、妻、長男、次男の4人家族です。
長男は家を離れ一人暮らしをしながら仕事をしています。
次男はまだ学生ですが、神奈川県の友人の家に転がり込み、就職活動やら、コンピュータの勉強やらやっているようです。

子どもが小さい時は、除夜の鐘をつき、その足で初詣、初日の出を見に行ったりして、よく出かけたものです。

お正月の日中も三社参りを行い、かなりの距離を車で移動していました。

子どもたちが大きくなったら、喜び勇んでお出かけする機会もめっきり少なくなり、年末年始も例外ではありません。

近くのお宮に初詣に行くくらいの行動量です。

で、年末年始は、かねてからやろうとおもっていた「Raspbery pi」を使った電子工作とそれをAWSで管理する仕組みのお勉強をしていました。

わからないことばかりから始めましたが、少しずつ(例えばLinuxの操作をする簡単なコマンド(cd sudo shutdown位しかすぐに思いつかない状態ではありますが))も使えるようになりました。

Raspbery Piは、CUIメインではなくGUIメインで操作しています。

AWSも、チュートリアルを何回も何回も行いながら、やっている内容の意味を理解しようと努めています。

昨年、相田みつを展にいき、毎月使える日めくりカレンダーをトイレにぶら下げています。
私の好きなことばは、「そのうち そのうち べんかいしながら 日がくれる」という、まさに僕を甘やかしてくれるような言葉です。

トイレのカレンダーで心にとまったのは
「ナノネ がんばんなくてもいいからさ 具体的に動くことだね」というものです。

テクノロジーが発展して、人工知能(AI)やら、5GやらIoTやらの言葉をよく耳にするようになって、「高齢者には福祉ではなくテクノロジーを」というスローガンで研究をしている教授もいるようです。

高齢者関係の仕事をしていて、現実のテクノロジーと現場で行われている業務との乖離は、それはそれは甚だしい限りです。
人海戦術とペーパーワーク。ネットではなくファックス。デジタル化しているモノをわざわざアナログ化して、アナログで内容を修正して、またデジタル化するといった「機械の中を開いてみたら人が入って仕事をしていた」ような状況です。

高齢社会を過ごしていくためには、どうしてもテクノロジーを使わなければ回っていかないのは、火を見るよりも明らかです。それにも関わらず、アナログで対処していこうとする流れはなかなか変わらないようです。

観念的にテクノロジーを理解していくと、どうしても観念論に陥りやすくなるのではないか、と思います。観念的に考えていけばある意味、一足飛びに飛躍もできるでしょうが、それは「絵に描いた餅」。何にも実用化出来ないように思い始めました。

「具体的にうごくことだね」の言葉をたよりに、ボードコンピューターやらクラウドやらを操作している次第です。
具体的に動き出すとなると飛躍はできない。一歩一歩、牛のように進むしか手がないのです。
具体的な技術を身につけ、未来を妄想する力を身につけることで、具体的に飛躍できる日も来るのかもしれないし、それこそ本物の力でなないかなぁ。

私の場合、「牛歩」でななく、「蝸牛歩」のような遅さです。いつ飛躍できるか、全く心許ない状況です。
そんなこんなを考えていると、「そのうち そのうち べんかいしながら 日がくれる」が、とても心に染み入ってきます。
妄想に遊んでいるあいだは私を慰めてくれる優しい言葉であると同時に、妄想から現実に目を向けてみると、とても厳しい言葉でもあるのです。

優しい言葉に甘えるのか、厳しい言葉に立ち向かうのか、
それは、だれでもない、「私」が決めることなのです。

一歩一歩成長し、そして家を離れた子どもたちを思いながら・・・

勇気をもらった

私は、佐賀県で仕事をしています。
佐賀県は有明海に面していて海苔が有名です。

ノリ漁師の人でとてもすごい人がいるよ、と職場の同僚が教えてくれました。
YouTubeでも配信されている、とのこと。

その人は、徳永さんという60代の男性です。
50歳までパチンコに明け暮れていたそうですが、ある時、フジコ・ヘミングウェイの「ラ・カンパネラ」をきいて「自分も弾けるようになりたい」と一念発起して練習を始められたそうです。
そうです、あの難曲の「ラ・カンパネラ」です。

徳永さんは、楽譜は読めないので鍵盤が光るピアノで1小節ずつ覚えていったそうです。
その動画が、これです。

https://youtu.be/KRuJRj1HGNM

その気になればできる!と本人は豪語されていますが、それはそれは、大変な努力だったと思います。

1小節ずつ、コツコツと長い時間継続したことで、動画のような演奏ができるようになったのでしょう。

私も、AlexaやIOTの勉強を始めましたが、とても勇気をもらえる動画です。
分野は違うし、目指す目標も違いますが、継続することの素晴らしさを教えられます。挫けそうになった時には、この動画を見ることで、背中を押してもらえそうな気がします。

いつかお会いして、体験談などを直接教えていただけたらなぁ、などと思っています。

中級の壁

難しい、難しい、難しい・・・

この前、Alexa Developer Consoleにログインできなくなってしまった。
Amazon技術チームのアドバイスのおかげで、データは復活!

気を取り直してAlexaSkillの開発をしようと思い、参考コードをGitHubから入手
解説を読みながらあれこれやってみたのですが、
まぁ、コードに書いてある事がよくわからない。
なんとなくはわかるようにはなってきたのですが、「なんでそうなるの?」という箇所が所々に。
わからない所は、一旦そのままにして、先に進むことにした

先に進んでみると、今度はAWSのLambdatとの連携が必要とのことで、AWSにログインしようとしたところ、今度はAWSが不調。AWSとAlexaの両方にログインするためには、なんらかのコツというか、押さえどころがあるらしいが、わからない!AWSの技術チームに問い合わせをしてみた。

回答には24時間程度かかりそうだ、ということで、その間、IOTのことをやろうと思って参考図書とにらめっこ。

うーん?わからない!
コマンドプロンプトへの入力が求められているが、PCのでいいのやら、AWS コマンドラインインターフェイスを使うのか、はたまた、別のツールがひつようなのか?
旅行ガイドにたとえるならば、それぞれの観光スポットの事は書いてあるのだが、どうやってその観光スポットにたどり着いたらいいのかの道順が示されていないようなもの。
参考図書を読む人は、道順は当然知ってるよね!ということが前提のよう。

僕のような超初心者では、スポットに至る道順を探すのに手がない状態。どうやって道順を見つけたらいいのだろう・・・と、途方に暮れた一日でした。

遊園地で、レールの上を走るおもちゃの自動車には乗れる程度のスキルで、「さあ、今度は本物の自動車ですよ」と急にレベルが上がった感じがする。
独学で、超初級→初級→初・中級→中級→中・上級→上級というように進んでいくことはかなり難しいのでしょう。
超初級が終わったら、いきなり中・上級という道順のよう。

難しい、難しい、難しい・・・

でも、少しは励ましになる事柄も。
量子コンピュータの記事を読んでいて、今のレベルは、レゴブロックのおもちゃレベル。実用化できるような本物の自動車とはほど遠い状態だそう。
はたまた、若宮正子さん。パソコンを始めたころ、ネットにつながるまで数ヶ月かかったとか。悪戦苦闘・試行錯誤しながらものにしていったのだろう。
いろんな分野で僕とのレベルの差こそあれ、少しずつ少しずつ前に進んでいこうとしている事は共通しているようだ。レベルの差には目をつむり、共通する事柄に目を向けて、僕も僕のレベルで少しずつ前に進むしかないのだろうなぁ、とおもった。

習慣化へ

経済学の考え方を別の分野に活用しようという動きがあるそうです。
先日、vooxというレクチャー方式でいろんな知見を学べるサービスで、教育経済学という分野があることを知りました。

その中で、ある実験のことが紹介されていました。
大学生対象に、スポーツジムに通うようにお願いした大学生を二つのグループに分け、一方には、スポーツジムに行くたびにお小遣いをもらえるグループ、もう一方は何も貰えないグループ。
それを10週間続けたそうです。
実験が終わった後、スポーツジムに通い続けるのは、お小遣いをもらったグループの学生が多かったそうです。
お小遣いがインセンティブになり、コツコツとスポーツジムに通った。

この実験結果から得られた結論は、10週間続けると習慣化できるのではないか、というものだったそうです。

で、私は、何もお小遣いはもらっていませんが、JavaScriptやAlexaSkill、それと併せて、毎朝の散歩をやろうと決めたのですが、今日で約9週目です。
散歩は30分、お勉強は平均して一日3時間半程度。

続いています、続いています。
あと1週間継続できれば習慣化できるのではないか、と期待しています。

朝、30分早起きすると、始めた頃は体がきつかったのですが、今ではそんなにきつく感じません。
一日3時間半の時間を取ることは、他の自分の時間を削ることになり、当初はやはり精神的にきつかったのですが、今ではそれほどでもなくなりました。

さあ、目指せ!Alexa-IoTエンジニア!
さあ、目指せ!シニアと若者を結ぶサンタクロース!

ブロックチェーンを活用した資格証明

今日は、介護支援専門員(ケアマネジャー)の資格更新の研修最終日でした。
研修が終わった後、研修終了証明書が発行されました。
受け取ったこの証明書をコピーして、役場に提出したり、職場に届け出たりすることになるでしょう。

とても面白いタイミングで、2019年に合格したG検定の資格証明バッチがメールで届きました。
このバッチは、ブロックチェーンを利用した証明書だそうです。

ブロックチェーンは、仮想通貨などで有名ですが、実は仮想通貨だけではありません。
詳しい仕組みについては、明るくないのですが、改竄がほぼ不可能だそうです。
ビットコインもいろんな問題があったようですが、ビットコイン自体改竄されたことは一度も無いそうです。
コインがなくなった、というニュースをよく耳にしますが、ビットコインの仕組みの問題ではなく、その他の要因で問題が発生しているようなのです。

さすが、ディープラーニング協会、デジタル化への対応には驚かされます。
ブロックチェーンを活用した資格証明という仕組みがあるんだ、と1つ勉強になりました。

このバッチを使えば、紙の証明書をコピーすることは不要で、アドレスを相手側に送れば確認できるそうです、
受け取った方も、改竄が不可能な仕組みなので、発行元にわざわざ信憑を確認する必要はなさそうです。
証明書の管理も楽になります。紙を大事に保管しておくのではなく、ネット上にありますのでネット環境さえあれば、いつでもどこでも確認することができます。
私のように、捜し物が多い人にとっては、それはそれなありがたい仕組みです。

かたや、紙ベースで管理して、紙で提出し、また、信憑を確認し・・・などの手間(コスト)がかかる。
かたや、デジタルを活用して、今までの手間から解放される。

どちらが利便性がたかいのでしょうね?

岡目八目

私が勤務している介護施設に、デイサービスというものがあります。
介護が必要な高齢者が通ってくる所です。
囲碁をやっていた人が結構多いようです。

囲碁の言葉で「岡目八目」というものがあります。「傍目八目」とも書きます。
つまり、傍らで見ているひとは、囲碁を打っている当人ではわからないような8手先までわかる、というものです。

私は、ケアマネジャーという介護の調整や相談にのる仕事をしていますが、
高齢の方々には、その生活背景に重層的な問題を抱えている人たちも多くいます。

私の職場のケアマネジャーが、結構複雑な課題をもった高齢者の担当をしていました。
私や、別のベテラン職員が話を聞きながら、今後の対応を一緒に考えていました。

いろいろなアイデアが出てきたのですが、当の担当者は「どうして、私が思いもつかないような方法が次から次へとでてくるのか?」とびっくりしていました。
そこで、私は「岡目八目」の話をしましたところ、「なぁ~るほど」と納得されたようです。

別の人の話。
職場で定期的に発行している新聞があるのですが、記事を書く順番が回ってきた職員から「どんなことを書こうか?」と相談をうけました。
私は、思いつくまま4~5の提案をしたのですが、その人も「よく、ポンポンと記事のネタを思いつくものだなぁ」と言われました。

これも、「岡目八目」
自分が記事を書く段階になると、なかなかネタが浮かんできません。
無責任な心持ちで、リラックスしていると、いろいろなアイデアが浮かんでくるものです。

無責任にポンポンと思いつくことができる立ち位置の人は、ある意味とても重要なのかもしれません。
責任をもって、どっぷりつかって取り組まなければならない立場の人は、当然、無くてはならないのですが、傍らで無責任でいいからアイデアを出してくれる人も貴重なのでしょう。
そういえば、シェイクスピアに出てくる「道化」も、当事者ではないのですが傍らで8手先までしっかり見通しているようです。

いま、アレクサスキル開発に取り組んでいるのですが、一通り、基礎的なところは通過したようですが、さぁ、これからどのように進んでいくべきか、計画を作らなければなりません。

8手先まで見通せる無責任な傍観者が、私の横にいてくれたらいいのになぁ!

いないのであれば、まずは、、リラックス・リラックス。そして、ちょっと離れて、無責任な視点から自分がやっていることを覗いてみてみようか!

Alexaエンジニアの卵誕生

AlexaのSkillを作ってみようと思い立って、もうそろそろ2ヶ月が経とうとしています。
JavaScriptの文法やら、Alexaを動かしているシステムと簡単に意思疎通ができる道具の使い方なんかを学んできましたが、
まだまだ、自分が思うように使いこなすことができず、「練習でこんなSkillを作りたい」と思っても、
Alexa君(もしかしたら「ちゃん」)は、上手に応えてくれません。「エラーです」「エラーです」「エラーです」の言葉が洪水のように僕めがけて迫ってきます。

それでも、大きな夢を追いたくて、日々格闘しているところです。

僕ひとりではどうにもできないことがあるので、その道のプロに思いをぶつけています。
僕の周囲にいる「プロ」はとても温かい人たちばかりで、僕の話に正面から向き合って聞いてくれます。

あるエンジニアさんは、「新しいプロジェクトが始まるごとに、わからない事柄に直面するので、調べながら、勉強しながら取り組んでいるのよ。」
AI技術者は「想定していた計画と現実の環境との間にはいろんな障害があり、計画を立てるより現実に立ちはだかる障害を解決する方が大変だよ。」
と、実体験をとおしたとても貴重な話を聞かせてくれます。

そのような貴重なアドバイスを聞けるのはとても幸せな事だと思います。

さらに、インターネットを検索すると、プログラム開発についてのいろんな記事が載っています。
ある記事に、とても印象にのこるものがありました。
「これからエンジニアを目指そうという人は、学校に行きたがる。学校では先生がいろいろ教えてくれるので、スムーズに事は進む。でも、実際にエンジニアのチームに入ると学校のようには丁寧に教えてくれる人などどこにもいない。チームメンバーはそれぞれ自分のワークや課題を抱えているので、手取り足取り教えてくれることを期待してはいけない。
それでは、どうするか?
ここでものを言うのが『独学力』だ。独学ができる人は伸びていくし、できない人は取り残されていく。だから、学校にいくのもいいだろうが、独学できる力を身につけることが、具体的な技術を身につけるより優先順位は高いものだ。」といった内容でした。

この記事を頭にのこしながら、先ほどのエンジニアさんやAI技術者の貴重な体験談を咀嚼してみると、
両者に共通しているのは、「自分で汗を流して課題を解決している」という姿勢でしょう。

ここで、心理学で言う「リフレーミング」という手法を活用してみよう、と思い立ちました。
「エラーです」「エラーです」「エラーです」は、Alexaからの大切なメッセージなのかもしれない。
それは、
「自分で解決する力を身につけて」「自分で解決する力を身につけて」「自分で解決する力を身につけて」と僕を励まして言っているのかもしれません。

「自分で解決する」といっても、独学は孤学とは全く違う。
エンジニアさんやAI技術者、それからネットの記事、教科書など、僕よりもはるか先を走って、僕よりも深い経験と知識と技術を持っている人の力を借りるのも独学を続け行く技術なのでしょう。

ただ、与えられるのを待つのではだめなんだろう。自分で壁にぶつかって、もがきながら先人や先輩(このときの先輩は、年齢は 関係ないよね。自分が未知の分野で、その道を先に歩いている人は、たとえ子どもであっても先輩なのだ)の知恵を借りることが肝要なんだろう。

そんなこを考えながら、「そうだ!僕が作ろうとしているSkillコードなんてあるわけないじゃん!先輩方がつくったコードの部分部分をつなぎ合わせれば、もしかしたら、僕オリジナルのSkillができるかもしれない!そうだ、そうだ!それも独学だ!」と勝手に決意して、Alexaの別のSkillのサンプルコードの一部や、先輩方がつくった他のコードの一部をインターネットから拝借して、ツギハギ、ツギハギ。
そうすると、「なーるほど!このコードの考え方を、僕のコードのここに応用すれば、もしかしたらできるかもしれない!」と、キーボードに向き合いながら、カタカタ、カタカタ。

どうでしょう!Alexaから「エラーです」という応答がきえました!おそるおそるAlexaに語りかけると、僕が思ったとおりの応答をしてくれました。

基本的な動きは出来上がったので、これからは、Alexaがしゃべる応答の言葉を磨いて、その他、必要な準備を行って、いよいよ公開に向けての審査の準備に入ります。

ここに一人、ちっぽけなAlexaエンジニアの卵が、産声を上げようとしています。

ただし、

勉強したのだといいたまえ!

この前、Alexa skillの開発で「初歩的なことも覚えていない」と書きましたが、実は、初歩ではなかったようです。

あるコードがあり「このコードはこうゆー役割です」とチュートリアルでは説明されていたのですが、なんと、他にも大事な役割があったのです。それを知らずに「このコードは今のところいらないや!」と勝手に判断してコメントアウトしてしまったものですから、思うように動いてくれなかったようです。

原因を突き止めて改善した(コメントアウトを外した)ところ、ちゃんと動いてくれました。

チュートリアルで聞いた役割より、試行錯誤しながら見つけた役割の方が強く記憶に残っていく予感があります。

人は、失敗しながら学んでいくものだなぁ!と改めて考えさせられた出来事でした。

デザイン思考では、「できるだけ早く、できるだけ多く失敗をしたほうがいい」と言われています。
そもそも、失敗は失敗ではなく、学習の機会と捉えているのです。

そういえば、エジソンもこんなことを言っていたそうですね。
「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ。」
「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ。」
と。

独りでコツコツやっていると、当然うまくいかないことも数多くあることでしょう。
いちいち凹んでいるのではなく、「やったー!新な勉強の機会ができた」と喜べるようなメンタルを作っていきたいと思います。

Alexaと付き合うことは技術的なことだけではなく、多くのことを学べる機会なのかも知れません。